ニベンの娘 (set by Skyrim.esm)

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skyrim.esm:01AFC9
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skyrim.esm
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01AFC9
Editor ID
SkillAlteration1 (set by Skyrim.esm)
Inventory image
(none)
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HighPolyAlterationBook (set by Skyrim.esm)
Value (gold)
60 (set by Skyrim.esm)
Type
Book or tome (set by Skyrim.esm)
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1 (set by Skyrim.esm)
Can be taken
Yes (set by Skyrim.esm)
Teaches
Skill: 変性 (set by Skyrim.esm)
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(none) (set by Skyrim.esm)
Keywords
VendorItemBook, GiftWizardSpecial (set by Skyrim.esm)
Locations (5)
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ブラヴィル: ニベンの娘
サシィーア・ロングリート 著



ブラヴィルはシロディールの中でももっとも魅力溢れる町で、質素ではあるが、美しさと過去の栄華で彩られている。帝国地方の南部を訪れる人は必ず、ブラヴィルの賑やかな河港沿いを散策し、地元の子供たちとのおしゃべりを楽しむ。もちろん村の伝統である、有名な“幸運の老女”の像に祈りの言葉もささやく。

アトモーラの民がやってくるよりもはるか何千年も前のこと、地元アイレイドの人々が今日のブラヴィルの近くで長く暮らしていた。今のニベンにあたるこの場所では、食料が供給され、輸送機関もあり、今よりずっと人口が多かった。彼らは孤立していたところで住んでいたため、自分たちの住む土地をなんと呼んでいたのかは定かではないが、彼らの使う言葉で“家”と意味する言葉で呼んでいた。アイレイドは塹壕を掘って侵入に備えていたので、ブラヴィルはアレッシア軍が第一紀の二世紀に自由化した土地の最後の1つだった。その時代のものは文化的なことも考古学的にも何も資料が残っていないが、放蕩と堕落の物語が伝説化されたことはマーラに感謝すべきだ。

いかにしてアイレイドがそのように長く苦しい期間を生き長らえたのかは今日の学者たちの間でも討論されている。しかしながら、女帝の大隊長の1人であるテオ・ブラヴィリアス・タサスはこの地で勝利の栄誉をつかんだのである。地名はこの男の名にちなんでいる。

テオ・ブラヴィリアス・タサスは激しい抵抗にあいながらも、少なくとも4度に渡ってその村を侵攻したと言われている。しかしいずれも夜明けの時間帯になると、彼の率いる軍隊ほぼ全員が息絶え、殺されてしまうのであった。次に百人隊が到着するまでに、この要塞化された町は再びアイレイドの人々で溢れていた。2度目の侵攻が成功したあと、地下の秘密のトンネルが発見され、埋めはしたものの、夜明けとともに軍隊は再び死滅し、町の人々が戻ってきた。3度目の侵攻が成功したあと、軍隊が町の外側に配置され、攻撃の兆しがないか道路や河川を見張っていたが、そのような兆しは見られなかった。しかし翌朝、侵攻していた兵士たちの死体が町を覆う胸壁から投げ出された。

テオ・ブラヴィリアス・タサスは、アイレイドの人々がこの町のどこかに隠れて夜が更けるのを待ち、兵士が寝ている間に殺しているに違いないとにらんだ。問題は、どこに隠れているかであった。4度目の侵攻のあと、彼は兵を引き連れて、町中のあらゆる角、あらゆる物陰をしらみつぶしに調査して回った。もう探す当てがなくなった頃、この大隊長は2つのことに気づいた。誰も登ることができそうにない、町にそびえ立つ垂直の壁の高いところにくぼみがあって、狭い踏み台になっていた。町なかの川の岸に、明らかに帝国のブーツのものではない、誰かの足跡がくっきりと残っていた。

アイレイドの人々は身を隠す手段を2つ持っているようだ。まず、空中浮揚で壁を高くのぼり、高い所に身を潜めるものと、川の中に潜り込んでその中で呼吸ができるものがいるようだ。奇妙なエルフの輪をかけて奇妙な隠れ場所を見つけてしまえば、もう夜中に軍隊を襲われないように注意することは比較的簡単であった。

しかし、魔術師ギルドが仲間たちにマジカの方法を教えられるよう体系づける何百年も前に、このような呪文の技が町全体に浸透していたのは信じがたいかもしれない。しかしながら、このことはアルテウム島のサイジックが神秘をそういう名前で呼ばれる以前から発展させたのと同じように、シロディール南部のこの不思議なアイレイドが、変性の流派となるものを発展させたという証拠であるとも思える。ブラヴィル征服の当時もそれ以降も、他のアイレイドたちが己の姿を変えることができたという考えは、決して拡大解釈ではない。ブラヴィルに征服される以前の人々は、獣や怪物に変身することはできなかったが、自分たちの姿を隠せる術は持っており、それがとても役立っていたことは確かだ。しかし、結局は彼らの身をいつまでも生き長らえさせるほどの力は発揮されなかった。

今日のブラヴィルにアイレイドの存在は微塵も感じさせないが、様式の異なる驚くべき建築物が彼らの存在の証拠である。慈悲深きマーラ大聖堂や領主邸宅などと同じくらい美しくて魅力的で、ブラヴィルの手によらないもので有名なのは、「幸運の老女」という彫刻である。

「幸運の老女」と彼女自身にまつわる物語は、多すぎて列挙できないほどだ。

彼女の母親はブラヴィルの売春婦で、父を知らない子として生まれたと言われている。その不幸が幸運の始まりであった。彼女はほかの子供たちからいじめられ、彼女の父親が誰なのかをしつこく尋ねられた。毎日、彼女はいじめから逃げるように泣きながら小さなボロ家へと帰るのであった。

ある日、ステンダール司教がブラヴィルへと慈善活動を行いにやってきた日のこと。彼は小さな女の子が泣いているの見つけて、その泣いてるわけを尋ねると、自分の不幸がつらくて、自分の父親が誰なのかがわからないから泣いているといった。

司祭はしばらく考え笑顔でこう答えた。「君は優しい目を持ち、嘘をつかない口を持っている。そんな君は明らかにステンダールの子どもだよ。神のご自愛を受け、思いやりを持ち、当然幸運もたずさえている」

司祭の思いやり深い言葉はその後の彼女を変えた。彼女は誰の子かと尋ねられるたびに、元気いっぱいに「私は神の子よ」と答えるのであった。

やがてその少女は大人になり、バーで働くようになった。お客に対して優しく、穏やかで、飲み代をツケにしてやることもしばしばあった。ある雨の強い夜、彼女はボロをまとった若い男に店の中へと入れ、雨宿りをさせた。その男はお金を一銭も持っておらず、ややケンカ腰で無礼な態度であったが、彼女は男にご飯も食べさせ、寝床も貸してやった。翌朝、男はお礼の一言も言わずに出て行ってしまった。彼女の友人や家族は、もしかしたら危ない男だったかもしれない、もっと用心するようにと彼女に忠告した。

1週間後、皇族の馬車がブラヴィルを訪れた。帝都の王子がその馬車に乗っていた。彼はまったく見違えていたが、まさにあの時彼女が助けた若い男であった。王子はあの時の自分の言動と行動を何度も謝罪し、あれは魔女の一群にさらわれ、呪いをかけられていたのだと説明した。あとになってようやく意識を取り戻したのだと話した。彼女は大変なお礼を受け取り、もちろん優しい彼女は町の人々とそれを分け合い、その後も心ゆくまで長生きしたそうだ。

いつ町の広場に彼女の像が建てられたのか、それを作ったのは誰なのかを知るものはいないが、彼女の像は第一紀の時代から何千年とそこに立っているのである。今日に至るまで、観光客もブラヴィルの人々も、苦労の中で神の幸福が得られるように“幸運の老女”像を訪れる。

魅力と幸せのつまったブラヴィルの村の、より魅力的な一面である。